2025年10月25日
毎回ご説明するときに困るのですが、実は「人事制度」という名称の制度はありません。一般的に人事制度とは、等級制度・評価制度・報酬制度の3つの制度を総称してそのように呼びます。
「自社独自の人事制度を作りたい」と考える会社は多いように感じますが、では各社の独自性はどこに出るのでしょうか。設計の際に、カスタマイズしなければならない部分はどこなのでしょうか。
私は報酬制度、特に「基本給」に個性が大きく出ると思っています。
基本給の構成は各社によってこんなにも違うかという特徴があり、非常に面白いです。例えば、大卒初任給が基本給20万スタートという会社が2社あったとしても、基本給の構成要素(どのような要件で昇給していくか)が全く異なるのです。そこを押さえて制度設計することが重要だと感じたので、記事にしてみました。
基本給には各社の個性がある
改めて基本給の定義を見てみます。
基本給とは、給与・賞与・退職金計算のすべてのベースとなる基準賃金のことで、個人の労働の対価として会社から支給されます。労働契約は、会社と従業員がこの等価交換のやり取りをすることを契約しています。因みに、役職手当や住宅手当のように個人の状況に応じて支給する手当は該当しません。
労働の対価ということは、基本給は対象者の従業員としての労働レベルを示すことになります。労働レベルとは、単純に作業レベルのみならず、その会社への貢献度合い、重要人物度など、その会社独自の基準を含んでいます。新入社員の基本給が低くて重役の基本給が高くなるのは、「重要人物度」の差が基本給に反映しているためと言えます。
そしてこの「重要人物度」というのがポイントで、どういう人物を「重要人物」とするかという基準こそが人事制度の根幹であり、基本給の個性となる訳です。
この基準は会社ごとに異なります。いわゆる年功序列の基準、つまり年齢や勤続を重視する企業であれば、新卒でその企業にずっと勤めている人と中途入社で入ってきた人とで基本給が異なるでしょう。近年多くの企業で取り入れられているジョブ型人事制度は、ポジションや部署役割に重要度を割り振り、基本給を変えていこうと言う仕組みです。また、転職者においては前職の年収も基準の一つになっています。これは、前職での「重要人物度」を次の会社でもある程度信用して引き継ぐということになります。
自社にフィットした人事制度を作る場合、基本給を読み解いてみるとその会社のことがよくわかります。労働の対価としてどのような基準を重要視しているか、ここを無視して新しい制度を作ることはできません。一方で、自社のみで人事制度を構築・刷新しようとする際に、この基本給の個性を意外と見落としがちです。その会社にいる人にしてみると、当たり前の基準すぎてそれこそが人事制度のセンターピンであることに気付けないのです。
人事制度を作るか、もしくはメンテナンスする際は、基本給の基準を読み解いてみることをお勧めします。
年功序列と評価給
基本給に個性があることがお伝え出来たところで、具体例を見ていきたいと思います。
まず、先ほども挙げた例として、大卒初任給20万スタートの会社が2社あったとします。両者とも同水準かなと思いきや、基本給の構成要素が下記の通り異なっています。
A社… 基本給(20万) = 年齢給 + 役職加算
B社… 基本給(20万) = 等級 + 評価給
この基本給の構成要素は残念ながら求人票にも出ていませんし、社内でも公表していないことも多いため、数年働いてみて昇給を観察してみたいと分からないところではあります。(面接で質問すれば答えてくれるかもしれません)
A社の場合、まずスタートの基本給は年齢で決まります。新卒も中途もその基準は変わりません。若手時代はほぼ一律で基本給が上がっていき、若手時代は同年代で差がつきにくいしかけです。いわゆる「年功序列」は年齢給のことで、年齢に応じて毎年昇給していく制度のことです。どのレベルの従業員でも平等に歳を取りますので、良く言えば一般社員でも全員毎年の昇給していく、悪く言えば能力や貢献の高低に関係なく基本給が決まってしまいます。しかし、A社事例ではここから差がついてくるのは役職に就いてからで、役職に応じた加算があるため、昇格するとぐっと基本給が上がると予想できます。「年功序列」というとあまり差がつかないイメージかもしれませんが、年齢給と役職加算の比率や役職加算の金額傾斜によってはかなり差をつけることもできます。
一方、B社は年齢に関係なく、スタートの基本給から等級と評価によって基本給が上がっていく仕組みにしています(スタートの基本給の決め方は年齢・前職・既存社員とのバランスなど)。この基準では、等級制度できちんと等級・役職の役割を決め、担える人物かどうかを見定めて基本給を昇給させていくことになります。どの年齢の人でもやる気と実力があれば評価し、基本給を上げていく姿勢が表れています。しかし、こちらも気を付けなければならないのは、一見A社の例に比べると評価が入ってくるので成果主義に感じるかもしれませんが、結局等級制度が機能していないとどうしても年功的に上がっていってしまいます。どのくらい制度運用がうまくいっているかは厳密にチェックしなければいけません。
どちらの基準でも、昇格者の厳選が重要です。「年功序列」の一番の課題は、年齢が来たら一斉に昇格する昇格基準(等級定義・役職定義)にあり、せっかく基本給の構成に役職加算を入れていたとしても、等級制度の運用が甘いと報酬制度ではコントロールできないケースも多くあります。
下記に昇給イメージをグラフにしてみました。こうすると一目瞭然で、基本給が同じ金額だった時点を切り取って比べても、その基本給がどのような構成要素を持っているか調べてみて初めて個性が見えてくるのです。

中小企業は基本給に個性を出すべし
先日、ご支援先の企業様で組織分析が終了し、年に1回の経営者方針説明会でその結果を社長様から発表して頂きました。
その中で、評価制度について深く言及して頂き、今後は求める人物像(=人事ポリシー)に当てはまる人をきちんと評価していくことを宣言して頂きました。従業員面談の中で、社員様からはこの会社で頑張りたいという前向きな発言とともに、報酬についての要望が数多く挙げられていました。そのため、今回の方針説明の内容は社員様の心に非常に響いたことと思います。この会社でもう一歩頑張っていこうという火が灯るのです。
直近の最低賃金と初任給高騰の影響で、どこの企業も原資の捻出とベースアップでの還元に必死です。2025年度の東京の最低賃金は1,226円、前年から63円も上がっています。
企業においては、原資が無限に出てくるわけではありません。全員一律のベースアップとは別で、昇給する部分・減給する部分を明確にしておかなければ原資はいくらあっても足りないでしょう。そのため、報酬制度を見直すことで根拠もなく人件費が高騰してしまうことを防ぐ必要があります。ここについては、また別のブログで解説したいと思います。
何を持って基本給を昇給させていくか、経営者の皆様には今一度考えてほしいと思います。それはつまり、従業員に何を求めるかと同義語です。他社や社会の基準からずれないように設定したいのか、特有の尖った基準を設けたいのか、そこに各社の価値観が反映されます。報酬制度の構築は自社の個性を磨く工程だと考えてもらえればと思います。
そして、個人的には、中小企業は大企業に比べて個性を出しやすいと思っています。反対に言うと、個性を出さないと隣の同業他社との違いが従業員に伝わりづらく、だったら転職して別会社に行けばよいという発想が生まれてしまいます。その会社にしかない基準で基本給を上げていくことができれば、従業員はその会社で評価されることが特別なことになります。他社で再現することはできません。それこそが、その会社でずっと働き続けたいと思える理由になりうると私は思います。
また、先述のとおり、今後はできる人・頑張る人を上げていかなければ将来を担う従業員が勤続することは難しいでしょう。評価制度と組み合わせ、その結果を評価給として給与に反映させることで、やる気のある従業員を逃がさないほしいと思います。
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2025年09月22日
ビジネスの先生である新井一さん(【起業18フォーラム】会社員のまま起業【副業/複業】できるコミュニティサロン)
より取材をして頂き、インタビュー記事を掲載頂きました。
ぜひご一読下さい。
【IGNITE HORIZON】環境変化を乗り越えられる「強い組織」はどうつくる? 最強の組織で最高の成果を出す仕組みのつくり方|新井一
カテゴリ:お知らせ
2025年09月18日

■書名:「学習する組織」入門
■著者:小田理一郎
■出版社:英治出版
■どんな人向けか:複雑に絡み合う組織内の相互作用を整理したい人、組織改革のレバレッジポイント(てこ入れするポイント)を見つけたい人
「学習する組織」(ピーター・M・センゲ)が発売されて10年以上経過していますが、未だに本屋さんで平積みになっています。組織開発のバイブルとして紹介されており様々なところで見かけますので、手に取られた方も多いのではないでしょうか。
本書はその「学習する組織」の入門編として噛み砕いて説明されている本です。本家は非常に難解であると聞いたことがありましたが、こちらは分かりやすかったので入門編を読んでから本家の方を読まれるのがいいのではないかなと思います。
我々は組織について話をするとき、人格を持った一人の人間のように話をします。「あのチームはモチベーションが高いよね」「あのチームはまとまりがないから駄目だ」、そのような評価は一度は耳にしていると思います。その人格を紐解くと、実は所属する一人一人のメンバーの行動や性格の集合体で、それらがお互いに作用し合っている結果が「組織の人格」を形成していると気付かされます。
本書の表題に関して、組織が「学習する」という表現が面白いと思いました。個人の集合体である組織が、まるで一人の人間かのように、組織は過去の出来事を吸収して未来に成長していけるのでしょうか。
学習する組織になるための要件
私は組織論について、理論と現場でのギャップを毎回感じています。
まず、「学習する組織」という題目から、理論上は「優秀な組織は自発的に学びだす」と認識してしまいそうになりますが、私の経験上、自発的に学びだす組織は本当にごく僅かです。つまり、一般的な現場では何もなければ停滞していることの方が多いように思います。組織は、学習を欲する環境に組織が置かれない限り、動き出しません。
では、学習を欲する環境はどのような状況か。
上記のとおり、企業や組織を一人の人格のように捉えることが面白いという話をしました。人がどのようなときに学習せねばと感じるか、また知識や技術を身に付けるために本腰を入れられるかというと、「必要に駆られたとき」だと思います。
一方、組織が必要に駆られて学習するタイミングは2つあると思っています。1つは「メンバーが「自分がこの組織リーダーになり得る」と感じているとき」、もう一つは「組織が潰れそうなとき」です。この状況のどちらに自分の組織が近いか、まずは捉えてみて下さい。あるいはどちらにも当てはまらなければ、その組織は学習するフェーズではないと思います。その場合は、そのタイミングまで組織を誘導する必要があるので、環境づくりから始めるべきと思います。
次に、本書では組織に必要な学習能力として以下の3つの要素を挙げています。
(参照:「「学習する組織」入門」(小田理一郎)を基に作成)
個人的には、ここで補足が必要かと思っています。この3つの学習能力は、一人で醸成できるものではないように思えるからです。本書を読んでやる気になったメンバーが一人で奮闘しても、組織内に広まっていきません。特に、「1.志を育成する力」と「3.競争性に対話する力」はリーダーの働きかけが非常に重要になります。そのため、いきなりこの3つの要素を取り入れいることはできず、まずはリーダーがこの3つの学習能力を持っているか、持っていなければ研修などで外部からてこ入れをすることになります。
一方、「2.複雑性を理解する力」についてはある程度自己学習が可能だと思います。本書はその手助けになる考え方を教えてくれています。
複雑性を理解する力(システム思考とループ図)
この本の中で、初めてシステム思考とループ図を知りました。
システム思考とは、「ある事象が因果関係の連鎖によって、表面的には何も関係なさそうな事象を引き起こす」ことを考えることで、ループ図はその流れを見える化する図式です。絡み合う事象同士を構造の問題として書き出して繋げ、全体像を見てみようということです。
例えば、本書ではネガティブは発言が組織の雰囲気に悪影響を及ぼす事象について、システム思考とループ図を用いて説明しています。
(参照:「「学習する組織」入門」(小田理一郎)P.125 を基に作成)
この分析の良い点は、要因同士の「ループ」を浮き彫りにできる点です。
その事象の一つ一つは前の事象の結果であり、次の事象の原因になっていて、因果がぐるぐる回っています。そして、好循環・悪循環という言葉があるように、ループは良い方向にも悪い方向にも螺旋状にブーストが掛かります。
私個人の話ですが、実はブレストがあまり好きではなく、頭の中を整理できた試しがありませんでした。ブレストは「点」での洗い出しなので、作用の流れやどのように周辺へ影響しているかは一旦置いておくことになります。そのため、一つの事象を箇条書きで出したとしてもそれは氷山の一角を出しているだけで、根本原因まで到達できる気がしませんでした。会議や打ち合わせでの議論も同様に、関連性を無視した論点一点突破の話し合いでは、いくら時間を割いたとしても無駄に終わってしまっている感覚がありました。その点、ループ図の考え方は非常に納得することができました。
さらにもう一つ、ループの中にループが入っている(ダブルループ)になっている点も重要です。
添付のループ図でいうと、シングルループは「ネガティブ発言の数」→「メンバーのネガティブ発言への意識」→「ネガティブ発言の数が増える」・・・・という部分です。見て頂くと分かる通り、シンプルループは個人~少人数での活動であり、シンプルな事象に絞ったループです。
しかし、ここで言えることは、そのシングルループはさまざまな外的要素に影響を及ぼしてしまうということです。添付のループ図でいうと、シングルループ内で回っているはずだった「メンバーのネガティブ発言への意識」から派生し、「メンバーの無力感」、そして「できていないことの数」が増え、「ネガティブ発言が増える」という外側のループへと移行しているのが分かります。これがダブルループです。
そして、本書の本題である「深い学習サイクル」はダブルループになっていると言います。
例えば、P→D→C→Aは典型的なシングルループです。トライアンドエラーをぐるぐる回すことで、プロジェクトや作業を効率や質を高める(あるいは低下していく)活動になります。ですが、その活動は個人で完結するものではなく、そこからプロセスや結果がチームに影響・貢献し、広がっていきます。ということは、P→D→C→Aのシングルループのその外に2つ目の組織全体ループが存在しているということです。
前述の組織の学習能力で挙げられいた「2.複雑性を理解する」については、この2重のループを用いて自分のチームのシステム(構造)を知ることで、組織開発に大いに活かせると思います。私は組織は構造が7割だと思っています。構造が絡み合った状態の組織では、どんなに「1.志を育成する力」と「3.競争性に対話する力」を育もうと思っても機能しません。そういった意味でも、システム思考とループ図で構造から捉えることは重要だと思います。
システムの抵抗とレバレッジポイント
「学習する組織はダブルループ」という話が出ましたが、ダブルループであることによる弊害というものがあります。
まず、組織改革で必ずと言っていいほどぶつかる壁は「メンバーからの反発」だと思います。
ここで重要なことは、変化や行動のパターンに影響を及ぼしているものは「構造(システム)」だということです。
システム思考の重要な原則は、構造がパターンに影響するということであり、構造を変えないまま結果やパターンを変えようと資源や努力を投入しても、システムの抵抗によって結果が相殺されたり、かえって悪化したりしてしまいがちです。つまり、複雑なシステムにおいては、構造そのものを変えない限り、パターンを変えることは難しいのです。
(「「学習する組織」入門」(小田理一郎)P.157)
本書でも「システムの抵抗」という考え方が解説されています。
下記の例は、溜まっている仕事がなぜなぜなくならないかという議題をループ図に起こしているものです。「仕事をこなすことで評価や信頼が上がる」という一見良い事象がループを発生させています。しかし、このループがブーストすればするほど、この方へ依頼される仕事の量は上がっていきます。好循環がバランスを崩すことがループ図を描くとよくわかります。
では、この課題をどう解決するか。一定内の仕事は業務時間内に終わるでしょうが、終わらなかった業務が消えるわけではありません。そのため、一般的には残業や休日出勤といったプライベート時間の投入により残務消化していくことになります。しかし、時間は有限ですし、法令の問題や体調面もあるため限界が訪れます。すると、そこからまた仕事が溜まっていくということになりますので、システムの抵抗ループが仕事を依頼されるというループをストップさせる形になります。
(参照:「「学習する組織」入門」(小田理一郎)P.153 を基に作成)
ということで、組織の改革には構造(システム)へのアプローチが必要であり、システム思考とループ図が役立つことが理解できます。
そして、もう一つ重要な考えは、レバレッジポイントです。
レバレッジポイントとは、組織改革のてこ入れ箇所で、まさにてこの原理(レバレッジ)の力点のような部分だと思います。できる限り小さな力を力点に送り、作用点に最大の効果発揮させるということです。本書では、レバレッジポイントの探し方として下記が掛かれています。
1.物理的な構造(ストック、フロー、リードタイム、バッファなど)
2.各ループの相対的な強さ
3.情報の流れの構造(誰が、いつ、どの情報にアクセスできるのか)
4.制度上の構造(目標、ルール、インセンティブ、罰則など)
5.組織に所属するメンバーの心情(メンタルモデル)
(参照:「学習する組織」入門(小田理一郎)P.160~162)
ということは、組織開発をする上で、上記5つについて分析しなくてはいけません。ずれたレバレッジポイントに対して施策を実施してしまうと、大きな労力を使うとともにメンバーからの信頼を失ってしまうことと思います。
以上、私が本書を読んでみて勉強になった点や気になる点をまとめてみました。
学習する組織の要件である「1.志を育成する力」「2.複雑性を理解する力」「3.競争性に対話する力」、これら3つの要素は椅子の脚に例えられており、一つでも欠けると椅子として立たせることができないと本書に書かれています。私も組織は構造で決まるという考えですので、今回重点的に取り上げたシステム思考とループ図は構造分析に非常に有効だと感じました。
組織の構成メンバーが増えるほど、ループする事象も増えていきます。本書を読んで感じるのは、「学習する組織」はシンプルな構造の中で生まれるものだと思いました。そのため、複雑な事情を持つ企業トップや組織リーダーは、それらを紐解き、整理することが今後ますます求められていくことと思います。
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2025年07月21日
人事制度構築は、まずは等級制度から
支援先の企業様にて、等級制度が完成しようとしています。
80名規模の会社ですが、今まで役職すら曖昧だったというこちらの企業様に等級が入ることは非常に大きな変化であり、ここから100名超の組織へ駆け上っていく下準備と言えると思います。組織が壊れる前に人事制度の構築に着手しようとしているこちらの企業は経営を本当によく考えられていると思います。
一般的に、人事制度と言うときは等級制度、報酬制度、評価制度の3つの制度を指します。そして、人事制度を一から作る際は「等級制度」から作っていきます。
皆さんが一番イメージしやすいのは「評価制度」だと思います。上長と目標を決め、その目標の達成にむけて査定期間中に取り組み、査定期間終了後に上長と評価をすり合わせる。各上長が査定した評価は、全体会議にかけられ社内で相対的な調整が入り、評価が決定する。この評価制度のプロセスをやっている方も多いのではないでしょうか。
そのため、「まずは評価制度から」と評価制度構築についてご連絡頂くこともあるのですが、私は、評価制度は一番最後に決めた方がよいと考えています。人事制度の根幹は「等級制度」であるため、等級がない状態で報酬や評価の仕組みをいじると制度の一貫性が保てなくなります。いくら人事制度が設計3割、運用7割と言われているとしても、この等級制度に限っては設計ですべて決まると言っても過言ではないため、人事制度の起点であり根幹となるわけです。
以下が人事制度設計のフローです。
等級制度・報酬制度は事前設計によって決まるもの、評価制度は運用と定着が必要なものであり、両者の性質は少し異なることが分かって頂けると思います。

自社の育成ステップをどこまで解像できるか
では、どうやって等級制度を作っていくか。
「等級」とは、その会社のステップアップする階段です。新卒で入社した者が役員になるまでどのようにステップを踏んでいけばよいか、各等級での役割、次の等級に上がるための要件といった階段を上がるための条件を決めていきます。そして最終的には、どのような人材が役員に就任できるのかというところまで構築します。(これを従業員にどこまでオープンにするかは別議論が必要です。個人的にはすべてオープンにしても問題ないと考えていますが、組織の事情によっては一部オープンにしていきます)
ということは、構築のために必要な作業は「洗い出し」と「組立」です。
洗い出しでは、①従業員の現状のレベル ②業務・タスク ③階層と部署 ④マネジメント層 この4つの観点から抽出を行います。この4つの分析ポイントは、等級が組織と業務に密接に関わっていることから私が設定しているものです。
①は人事制度導入前の事前準備の段階で従業員面談を実施しますので、そこでインプットにすることができます。
意外と忘れがちなのは②かと思います。今、全社の中にどのような業務・タスクがあり、どの部署が担っているのかを洗い出します。こちらもアンケート、必要に応じて面談でのヒアリングとなります。業務・タスクは取り組んでいる本人しか分からないため、聞いて回るしか情報を集める方法はありません。
③④は組織に関わる部分です。階層と部署は②で集めた業務がどのように全社の中で散らばっているかを見てみます。具体的に取り組んでいる担当者と紐づけてみると、業務のレベル・難易度が分かります。すると、コア部署に本当に重要な業務が配置されているか、分担が上手くいっているかというところが見えてきます。④は現在のマネジメント体制について確認します。組織の要はマネジメント層です。③の業務分担がどのようにチームへと枝分かれいているか、末端の従業員までしっかり指示や分担が落ちているかという指示系統を見ます。部署によりマネジメントの難易度が異なるケースもあるでしょう。
このような情報をつぶさに集めてから、初めて等級を組み立てることができます。
組立では、役員までの成長ロードマップを描きます。ただし、現在の状態からかけ離れた夢物語な等級を組むことはできないため、プロジェクト内で慎重に確認しながら組み立てていきます。役職と等級の組み合わせも重要になりますので、どこで昇格地点がくれば従業員のモチベーションにつながるかを想像していきます。しかし一方で、現状通りの等級をそっくりそのまま組み立てても組織の成長につながらず、意味がない訳です。この現状と理想の間を取った微妙な塩梅でビジョンまでの成長を描くことが等級構築では求められます。
等級制度とは従業員の成長概観図です。
上長から見た時には人材育成の概観図になります。両者が同じ地図を広げることで、成長と育成の方向性や課題認識がずれないようにできるということです。
若手層が口にする「成長の全体像がわからない」という不安
等級制度を入れる一番の目的は「人材育成」です。人材育成にお悩みの企業様、御社の等級制度を今一度思い出してください。育成ステップを踏まえて一貫したものがありますか。そもそも等級制度がないところや、何年も前に作ってメンテナンスもせず放ったらかし、ということもあるかもしれません。
そして人材育成で重要なことは、「全社共通のゴールと全体像を見せる」ことです。
この必要性は私が今まさに肌で感じているところです。さまざまな県・業種の中小企業で従業員面談を行う中で、若手社員の方が口々に「今どのレベルに居るのか分からない」と話してくれます。
自分の若手時代を振り返ってみても、ああそういう時もあったなと懐かしくなります。ただ、当時何故それでも成長することができたかというと、周りに若手の先輩がいて、何となく数年後のイメージがついたからだろうと思います。この問い合わせは回答できるようになりたいとか、上長から落ちてきたタスクを確実に対応できるようになりたいとか。
中小企業では元々入退社が激しい環境ですが、そのスピードは今後さらに加速することでしょう。中途入社の先輩は別の環境でスキルや知識を身に付けてきたわけですから、この会社で勤務していて果たして自分はどのレベルまで行けるのか、ということに不安になってしまうのはやむを得ないと思います。
また、「上の人たちがどのレベルまで自分たちに求めているかわからない」という声も聞きます。自分としては求められることに応えているが、もっともっととタスクが降ってくる。自分でここがゴールだろうと思っていたところで急にゴールを伸ばされるとやる気を失いますよね。これは当然と思います。
育成に悩まれている企業様で、前述した「同じ地図を広げる」ことで育成のハードルを乗り越えられるケースもあります。例えば、部下の方が習得に時間が掛かるタイプだったとします。周りと比較して習得が遅い自分へ焦りつつ、でも習得のために一生懸命やっているのにそこを見てもらえないという不満が溜まっていく。一方、上長には部下の育成責任があります。たまたま配置転換で同じチームにいる育成スピードの遅い部下をどうにかして一人前にしなくてはいけない。まだまだ覚えるべきことはたくさんあるのに…と、こちらも焦っている訳です。
そういったときに等級があれば、全体像を共有することができます。本人は自分が全社でどのくらいのレベルにいるのかが把握でき、上長は本人が登ってきた階段の振り返りと今後登るべき階段を部下に提示することができます。そこから育成スピードを上げるのか、他の道での育成を検討するのか、このままコツコツ進ませるのか…といったところは育成方針によりますが、この「全社共通のゴールと全体像を見せる」ことは若手層の不安を取り除くことができるはずです。
ここまで等級制度について書いてきましたが、等級制度を含む人事制度はあくまでもツールで、人材育成の本質は上長と部下のOJTにあります。つまり、OJTが少しでもやりやすくなるためのツールとして、人事制度を使っていくべきというのが私の考えです。
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2025年06月12日
先日、ご支援先の企業様にお願いし、1.5時間ほどかけて現場見学させて頂きました。
当初、企業様側では事業現場の見学は想定されていなかったようで、私からの依頼も少々驚かれていたようでした。
なぜこのようなお願いをしたかと言いますと、私の前職が物流会社だったことが大きいと思います。
入社当時から、「現場に行け」「現場をしっかり見てこい」と何度も上司から言われてました。メーカーのように商品があるわけではなく、サービスや作業工程を売っている事業において現場は非常に重要視されます。そこで発生する作業そのもの(付加価値)が商品で、現場が売上を上げる場所だからです。
そこで繰り広げられている日常は、私たち人事部門が本社ビルの中で一日を終えるのとは全く別の世界があります。人が現場に行かないと終わらない、拘束時間が長い、人と人とが顔を合わせて話さないと解決しないなど、社会行動学の塊のような場所です。
今回の現場見学においても、多くの気づきがありました。
事業現場と評価基準
現場見学ではまず人の配置と接点、業務の流れを見ます。
今回の現場は、狭い場所に多くの機械と薬品が配置されていました。人の配置は機械の配置に依存しますから、同じ部署であっても担当する作業機械が違う階にあれば、顔を合わせる機会はぐっと減ります。端らから見ると簡単に作業しているようですが、実は熟練の技が必要な工程ばかりだそうです。そして安全の徹底。機械や薬品による事故や労災と隣り合わせの職場で常に安全意識が要求されるのですが、人間不思議なもので隣に劇薬が置いてあっても慣れてきてしまう。きっと私も1週間と立たずして気の緩みが出てしまうだろうと考えていました。
このような場所で、日々作業をしている従業員の評価基準は何でしょう。
どのような目標を立て、どのように上司と部下が目標達成にむけたコミュニケーションをとればよいでしょうか。一つの工程に一人の作業員ということは、上長と同じ作業場にはいません。その状態でどうやって評価をすればよいでしょうか。
これは、IT企業のように現場を持たない企業でも同じ観点を持つ必要があります。従業員がパソコンに向かって作業するオフィスフロアや会議室が「現場」であり、そこで作業のような付加価値やプロダクトが生まれているのです。
立地、間取り、環境が違えば人と人との連携の仕方が変わります。コミュニケーションの取り方が変わります。情報の伝達方法やスピードが変わります。同業他社で同じ事業をしている企業同士を比較しても、もしくは同じ企業内においても、全く異なる組織運営がなされているという意識を持ちます。
評価基準とは、日々作業している中で出現するコミュニケーションなのだと思います。技能検定のように個人の能力を測る試験は別ですが、基本的には人がいるところに評価基準が存在します。
例えば、管理職の評価基準として「リーダーシップ」や「業務遂行力」を設定したとします。「リーダーシップ」は部下や後輩がいて初めて露見されますし、「業務遂行力」は発注した企業からのニーズを受けて社内の人材リソースに作業を割り振り、最後に統合して納品するのですから何人もの人が絡み合っていることは想像に容易いでしょう。
つまり、事業現場を生で見ることの意義は、どこに人との接点が発生しているのか、調整はしやすい状況なのかを確認することが一番大きな意義だと思います。
データで拾えない声による評価基準の研磨
評価基準はどのように決めるのかというと、まず先程例として示した「リーダーシップ」や「業務遂行力」、このような広義の基準(一般的なもの)を選定していきます。一般的な基準をリストからピックアップする時点でオリジナリティが損なわれると怪訝されることもあるかもしれませんが、この時点で実は非常に個性が出ます。事業分野や企業フェーズ、創業者のMVVなど、企業が立っている土台が違うことに気づかされます。
ここまで完了して、次の段階です。いくら一般的に重要だと言われている基準でも、その企業の実務にそぐわないものであっては上手くいきません。「リーダーシップ」が本当に必要な事業なのか、「業務遂行」できる裁量を任せてもらえるのか、現場に敷かれている組織体制と実務の観点を組み込みながら評価基準を設定していきます。
その後、運用検討段階になると、評価基準の定義が広すぎて評価しづらいという声が確実に出てきます。そこから、話し合いを重ねることでさらに定義を狭くし、人によって評価レベルに差がでないようにしていきます。
評価基準の研磨こそが「自社独自の評価基準」への調整作業であり、この作業においてデータのみで結果を提示してしまうコンサルタントが非常に多いと思います。
どの分野であれ、コンサルタントという職種は常に理屈や理論が求められます。「データで語る説得力」を求めて、データをこねくり回して施策を提案してしまう節があります。他社事例を持っているが故に結論ありきでデータを集計していることもあるでしょう。例えば、等級制度に必要な「等級要件」「役職定義」はどの企業でも似通ってきますので、市場全体の統計をもとに設計できるのがコンサルの強みです。
しかし、私たちコンサルタントが本当に語るべきは、自分の嗅覚で嗅ぎ取った「直観」の部分なのだと思います。
私共に連絡頂く以前に、別のコンサルティング会社で人事制度を導入しようとした過去パターンが本当に多くあります。その時の構築プロセスを伺ってみると、構築の段階で「現場の観察」が抜け落ちています。実際にあった事例だと、コンサルタントが従業員サーベイの結果から自社の課題を嫌味のように洗い出し、机上の判断のみで制度を構築してしまったケースも伺ったことがあります。
もしその制度をそのまま運用していたとしたら、確実に失敗していたと思います。
人事制度はあくまでも組織改善のツールです。人事制度を使って改善したい「何か」があるはずです。その「何か」を特定し、その改善にむけたアプローチができる人事制度になるかどうかは、「データで拾えない声」をどれだけ拾い上げているかにかかっています。
そして、またこれが厄介なのですが、自社のみで収集しようして失敗するケースも多くみてきました。働く環境に毎日接している従業員では、直観的に評価基準を炙り出そうとしても当たり前すぎて認識が甘い場合あるからです。プロジェクトメンバーの方の経歴の違いから(現場寄りの方とそうではない方)、現場の解像度にばらつきがあることもあるでしょう。
コンサルタントがプロジェクトに入る最大の利点は、「データで拾えない声」を形にできることです。そして、「データで拾えない声」は現場に眠っている。私は今後も現場観察を重視していきたいと思います。
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