事業成果を出す組織を作るのブログ

基本給の個性

毎回ご説明するときに困るのですが、実は「人事制度」という名称の制度はありません。一般的に人事制度とは、等級制度・評価制度・報酬制度の3つの制度を総称してそのように呼びます。

「自社独自の人事制度を作りたい」と考える会社は多いように感じますが、では各社の独自性はどこに出るのでしょうか。設計の際に、カスタマイズしなければならない部分はどこなのでしょうか。

私は報酬制度、特に「基本給」に個性が大きく出ると思っています。

基本給の構成は各社によってこんなにも違うかという特徴があり、非常に面白いです。例えば、大卒初任給が基本給20万スタートという会社が2社あったとしても、基本給の構成要素(どのような要件で昇給していくか)が全く異なるのです。そこを押さえて制度設計することが重要だと感じたので、記事にしてみました。

 


基本給には各社の個性がある

改めて基本給の定義を見てみます。

基本給とは、給与・賞与・退職金計算のすべてのベースとなる基準賃金のことで、個人の労働の対価として会社から支給されます。労働契約は、会社と従業員がこの等価交換のやり取りをすることを契約しています。因みに、役職手当や住宅手当のように個人の状況に応じて支給する手当は該当しません。

労働の対価ということは、基本給は対象者の従業員としての労働レベルを示すことになります。労働レベルとは、単純に作業レベルのみならず、その会社への貢献度合い、重要人物度など、その会社独自の基準を含んでいます。新入社員の基本給が低くて重役の基本給が高くなるのは、「重要人物度」の差が基本給に反映しているためと言えます。

そしてこの「重要人物度」というのがポイントで、どういう人物を「重要人物」とするかという基準こそが人事制度の根幹であり、基本給の個性となる訳です。

この基準は会社ごとに異なります。いわゆる年功序列の基準、つまり年齢や勤続を重視する企業であれば、新卒でその企業にずっと勤めている人と中途入社で入ってきた人とで基本給が異なるでしょう。近年多くの企業で取り入れられているジョブ型人事制度は、ポジションや部署役割に重要度を割り振り、基本給を変えていこうと言う仕組みです。また、転職者においては前職の年収も基準の一つになっています。これは、前職での「重要人物度」を次の会社でもある程度信用して引き継ぐということになります。

自社にフィットした人事制度を作る場合、基本給を読み解いてみるとその会社のことがよくわかります。労働の対価としてどのような基準を重要視しているか、ここを無視して新しい制度を作ることはできません。一方で、自社のみで人事制度を構築・刷新しようとする際に、この基本給の個性を意外と見落としがちです。その会社にいる人にしてみると、当たり前の基準すぎてそれこそが人事制度のセンターピンであることに気付けないのです。

人事制度を作るか、もしくはメンテナンスする際は、基本給の基準を読み解いてみることをお勧めします。

 


年功序列と評価給

基本給に個性があることがお伝え出来たところで、具体例を見ていきたいと思います。

まず、先ほども挙げた例として、大卒初任給20万スタートの会社が2社あったとします。両者とも同水準かなと思いきや、基本給の構成要素が下記の通り異なっています。

 A社… 基本給(20万) = 年齢給 + 役職加算

 B社… 基本給(20万) = 等級 + 評価給

この基本給の構成要素は残念ながら求人票にも出ていませんし、社内でも公表していないことも多いため、数年働いてみて昇給を観察してみたいと分からないところではあります。(面接で質問すれば答えてくれるかもしれません)

A社の場合、まずスタートの基本給は年齢で決まります。新卒も中途もその基準は変わりません。若手時代はほぼ一律で基本給が上がっていき、若手時代は同年代で差がつきにくいしかけです。いわゆる「年功序列」は年齢給のことで、年齢に応じて毎年昇給していく制度のことです。どのレベルの従業員でも平等に歳を取りますので、良く言えば一般社員でも全員毎年の昇給していく、悪く言えば能力や貢献の高低に関係なく基本給が決まってしまいます。しかし、A社事例ではここから差がついてくるのは役職に就いてからで、役職に応じた加算があるため、昇格するとぐっと基本給が上がると予想できます。「年功序列」というとあまり差がつかないイメージかもしれませんが、年齢給と役職加算の比率や役職加算の金額傾斜によってはかなり差をつけることもできます。

一方、B社は年齢に関係なく、スタートの基本給から等級と評価によって基本給が上がっていく仕組みにしています(スタートの基本給の決め方は年齢・前職・既存社員とのバランスなど)。この基準では、等級制度できちんと等級・役職の役割を決め、担える人物かどうかを見定めて基本給を昇給させていくことになります。どの年齢の人でもやる気と実力があれば評価し、基本給を上げていく姿勢が表れています。しかし、こちらも気を付けなければならないのは、一見A社の例に比べると評価が入ってくるので成果主義に感じるかもしれませんが、結局等級制度が機能していないとどうしても年功的に上がっていってしまいます。どのくらい制度運用がうまくいっているかは厳密にチェックしなければいけません。

どちらの基準でも、昇格者の厳選が重要です。「年功序列」の一番の課題は、年齢が来たら一斉に昇格する昇格基準(等級定義・役職定義)にあり、せっかく基本給の構成に役職加算を入れていたとしても、等級制度の運用が甘いと報酬制度ではコントロールできないケースも多くあります。

下記に昇給イメージをグラフにしてみました。こうすると一目瞭然で、基本給が同じ金額だった時点を切り取って比べても、その基本給がどのような構成要素を持っているか調べてみて初めて個性が見えてくるのです。

 

 


中小企業は基本給に個性を出すべし

先日、ご支援先の企業様で組織分析が終了し、年に1回の経営者方針説明会でその結果を社長様から発表して頂きました。

その中で、評価制度について深く言及して頂き、今後は求める人物像(=人事ポリシー)に当てはまる人をきちんと評価していくことを宣言して頂きました。従業員面談の中で、社員様からはこの会社で頑張りたいという前向きな発言とともに、報酬についての要望が数多く挙げられていました。そのため、今回の方針説明の内容は社員様の心に非常に響いたことと思います。この会社でもう一歩頑張っていこうという火が灯るのです。

直近の最低賃金と初任給高騰の影響で、どこの企業も原資の捻出とベースアップでの還元に必死です。2025年度の東京の最低賃金は1,226円、前年から63円も上がっています。

企業においては、原資が無限に出てくるわけではありません。全員一律のベースアップとは別で、昇給する部分・減給する部分を明確にしておかなければ原資はいくらあっても足りないでしょう。そのため、報酬制度を見直すことで根拠もなく人件費が高騰してしまうことを防ぐ必要があります。ここについては、また別のブログで解説したいと思います。

何を持って基本給を昇給させていくか、経営者の皆様には今一度考えてほしいと思います。それはつまり、従業員に何を求めるかと同義語です。他社や社会の基準からずれないように設定したいのか、特有の尖った基準を設けたいのか、そこに各社の価値観が反映されます。報酬制度の構築は自社の個性を磨く工程だと考えてもらえればと思います。

そして、個人的には、中小企業は大企業に比べて個性を出しやすいと思っています。反対に言うと、個性を出さないと隣の同業他社との違いが従業員に伝わりづらく、だったら転職して別会社に行けばよいという発想が生まれてしまいます。その会社にしかない基準で基本給を上げていくことができれば、従業員はその会社で評価されることが特別なことになります。他社で再現することはできません。それこそが、その会社でずっと働き続けたいと思える理由になりうると私は思います。

また、先述のとおり、今後はできる人・頑張る人を上げていかなければ将来を担う従業員が勤続することは難しいでしょう。評価制度と組み合わせ、その結果を評価給として給与に反映させることで、やる気のある従業員を逃がさないほしいと思います。

 

書籍紹介(「学習する組織」入門」(小田理一郎))

■書名:「学習する組織」入門

■著者:小田理一郎

■出版社:英治出版

■どんな人向けか:複雑に絡み合う組織内の相互作用を整理したい人、組織改革のレバレッジポイント(てこ入れするポイント)を見つけたい人

 


「学習する組織」(ピーター・M・センゲ)が発売されて10年以上経過していますが、未だに本屋さんで平積みになっています。組織開発のバイブルとして紹介されており様々なところで見かけますので、手に取られた方も多いのではないでしょうか。

本書はその「学習する組織」の入門編として噛み砕いて説明されている本です。本家は非常に難解であると聞いたことがありましたが、こちらは分かりやすかったので入門編を読んでから本家の方を読まれるのがいいのではないかなと思います。

我々は組織について話をするとき、人格を持った一人の人間のように話をします。「あのチームはモチベーションが高いよね」「あのチームはまとまりがないから駄目だ」、そのような評価は一度は耳にしていると思います。その人格を紐解くと、実は所属する一人一人のメンバーの行動や性格の集合体で、それらがお互いに作用し合っている結果が「組織の人格」を形成していると気付かされます。

本書の表題に関して、組織が「学習する」という表現が面白いと思いました。個人の集合体である組織が、まるで一人の人間かのように、組織は過去の出来事を吸収して未来に成長していけるのでしょうか。

 


学習する組織になるための要件

私は組織論について、理論と現場でのギャップを毎回感じています。

まず、「学習する組織」という題目から、理論上は「優秀な組織は自発的に学びだす」と認識してしまいそうになりますが、私の経験上、自発的に学びだす組織は本当にごく僅かです。つまり、一般的な現場では何もなければ停滞していることの方が多いように思います。組織は、学習を欲する環境に組織が置かれない限り、動き出しません。

では、学習を欲する環境はどのような状況か。

上記のとおり、企業や組織を一人の人格のように捉えることが面白いという話をしました。人がどのようなときに学習せねばと感じるか、また知識や技術を身に付けるために本腰を入れられるかというと、「必要に駆られたとき」だと思います。

一方、組織が必要に駆られて学習するタイミングは2つあると思っています。1つは「メンバーが「自分がこの組織リーダーになり得る」と感じているとき」、もう一つは「組織が潰れそうなとき」です。この状況のどちらに自分の組織が近いか、まずは捉えてみて下さい。あるいはどちらにも当てはまらなければ、その組織は学習するフェーズではないと思います。その場合は、そのタイミングまで組織を誘導する必要があるので、環境づくりから始めるべきと思います。

 

次に、本書では組織に必要な学習能力として以下の3つの要素を挙げています。

(参照:「「学習する組織」入門」(小田理一郎)を基に作成)

 

個人的には、ここで補足が必要かと思っています。この3つの学習能力は、一人で醸成できるものではないように思えるからです。本書を読んでやる気になったメンバーが一人で奮闘しても、組織内に広まっていきません。特に、「1.志を育成する力」と「3.競争性に対話する力」はリーダーの働きかけが非常に重要になります。そのため、いきなりこの3つの要素を取り入れいることはできず、まずはリーダーがこの3つの学習能力を持っているか、持っていなければ研修などで外部からてこ入れをすることになります。

一方、「2.複雑性を理解する力」についてはある程度自己学習が可能だと思います。本書はその手助けになる考え方を教えてくれています。

 

 


複雑性を理解する力(システム思考とループ図)

この本の中で、初めてシステム思考とループ図を知りました。

システム思考とは、「ある事象が因果関係の連鎖によって、表面的には何も関係なさそうな事象を引き起こす」ことを考えることで、ループ図はその流れを見える化する図式です。絡み合う事象同士を構造の問題として書き出して繋げ、全体像を見てみようということです。

例えば、本書ではネガティブは発言が組織の雰囲気に悪影響を及ぼす事象について、システム思考とループ図を用いて説明しています。

(参照:「「学習する組織」入門」(小田理一郎)P.125 を基に作成)

 

この分析の良い点は、要因同士の「ループ」を浮き彫りにできる点です。

その事象の一つ一つは前の事象の結果であり、次の事象の原因になっていて、因果がぐるぐる回っています。そして、好循環・悪循環という言葉があるように、ループは良い方向にも悪い方向にも螺旋状にブーストが掛かります。

私個人の話ですが、実はブレストがあまり好きではなく、頭の中を整理できた試しがありませんでした。ブレストは「点」での洗い出しなので、作用の流れやどのように周辺へ影響しているかは一旦置いておくことになります。そのため、一つの事象を箇条書きで出したとしてもそれは氷山の一角を出しているだけで、根本原因まで到達できる気がしませんでした。会議や打ち合わせでの議論も同様に、関連性を無視した論点一点突破の話し合いでは、いくら時間を割いたとしても無駄に終わってしまっている感覚がありました。その点、ループ図の考え方は非常に納得することができました。

さらにもう一つ、ループの中にループが入っている(ダブルループ)になっている点も重要です。

添付のループ図でいうと、シングルループは「ネガティブ発言の数」→「メンバーのネガティブ発言への意識」→「ネガティブ発言の数が増える」・・・・という部分です。見て頂くと分かる通り、シンプルループは個人~少人数での活動であり、シンプルな事象に絞ったループです。

しかし、ここで言えることは、そのシングルループはさまざまな外的要素に影響を及ぼしてしまうということです。添付のループ図でいうと、シングルループ内で回っているはずだった「メンバーのネガティブ発言への意識」から派生し、「メンバーの無力感」、そして「できていないことの数」が増え、「ネガティブ発言が増える」という外側のループへと移行しているのが分かります。これがダブルループです。

そして、本書の本題である「深い学習サイクル」はダブルループになっていると言います。

例えば、P→D→C→Aは典型的なシングルループです。トライアンドエラーをぐるぐる回すことで、プロジェクトや作業を効率や質を高める(あるいは低下していく)活動になります。ですが、その活動は個人で完結するものではなく、そこからプロセスや結果がチームに影響・貢献し、広がっていきます。ということは、P→D→C→Aのシングルループのその外に2つ目の組織全体ループが存在しているということです。

前述の組織の学習能力で挙げられいた「2.複雑性を理解する」については、この2重のループを用いて自分のチームのシステム(構造)を知ることで、組織開発に大いに活かせると思います。私は組織は構造が7割だと思っています。構造が絡み合った状態の組織では、どんなに「1.志を育成する力」と「3.競争性に対話する力」を育もうと思っても機能しません。そういった意味でも、システム思考とループ図で構造から捉えることは重要だと思います。

 


システムの抵抗とレバレッジポイント

「学習する組織はダブルループ」という話が出ましたが、ダブルループであることによる弊害というものがあります。

まず、組織改革で必ずと言っていいほどぶつかる壁は「メンバーからの反発」だと思います。

ここで重要なことは、変化や行動のパターンに影響を及ぼしているものは「構造(システム)」だということです。

システム思考の重要な原則は、構造がパターンに影響するということであり、構造を変えないまま結果やパターンを変えようと資源や努力を投入しても、システムの抵抗によって結果が相殺されたり、かえって悪化したりしてしまいがちです。つまり、複雑なシステムにおいては、構造そのものを変えない限り、パターンを変えることは難しいのです。

(「「学習する組織」入門」(小田理一郎)P.157)

本書でも「システムの抵抗」という考え方が解説されています。

下記の例は、溜まっている仕事がなぜなぜなくならないかという議題をループ図に起こしているものです。「仕事をこなすことで評価や信頼が上がる」という一見良い事象がループを発生させています。しかし、このループがブーストすればするほど、この方へ依頼される仕事の量は上がっていきます。好循環がバランスを崩すことがループ図を描くとよくわかります。

では、この課題をどう解決するか。一定内の仕事は業務時間内に終わるでしょうが、終わらなかった業務が消えるわけではありません。そのため、一般的には残業や休日出勤といったプライベート時間の投入により残務消化していくことになります。しかし、時間は有限ですし、法令の問題や体調面もあるため限界が訪れます。すると、そこからまた仕事が溜まっていくということになりますので、システムの抵抗ループが仕事を依頼されるというループをストップさせる形になります。

(参照:「「学習する組織」入門」(小田理一郎)P.153 を基に作成)

 

ということで、組織の改革には構造(システム)へのアプローチが必要であり、システム思考とループ図が役立つことが理解できます。

そして、もう一つ重要な考えは、レバレッジポイントです。

レバレッジポイントとは、組織改革のてこ入れ箇所で、まさにてこの原理(レバレッジ)の力点のような部分だと思います。できる限り小さな力を力点に送り、作用点に最大の効果発揮させるということです。本書では、レバレッジポイントの探し方として下記が掛かれています。

1.物理的な構造(ストック、フロー、リードタイム、バッファなど)

2.各ループの相対的な強さ

3.情報の流れの構造(誰が、いつ、どの情報にアクセスできるのか)

4.制度上の構造(目標、ルール、インセンティブ、罰則など)

5.組織に所属するメンバーの心情(メンタルモデル)

(参照:「学習する組織」入門(小田理一郎)P.160~162)

ということは、組織開発をする上で、上記5つについて分析しなくてはいけません。ずれたレバレッジポイントに対して施策を実施してしまうと、大きな労力を使うとともにメンバーからの信頼を失ってしまうことと思います。

 

以上、私が本書を読んでみて勉強になった点や気になる点をまとめてみました。

学習する組織の要件である「1.志を育成する力」「2.複雑性を理解する力」「3.競争性に対話する力」、これら3つの要素は椅子の脚に例えられており、一つでも欠けると椅子として立たせることができないと本書に書かれています。私も組織は構造で決まるという考えですので、今回重点的に取り上げたシステム思考とループ図は構造分析に非常に有効だと感じました。

組織の構成メンバーが増えるほど、ループする事象も増えていきます。本書を読んで感じるのは、「学習する組織」はシンプルな構造の中で生まれるものだと思いました。そのため、複雑な事情を持つ企業トップや組織リーダーは、それらを紐解き、整理することが今後ますます求められていくことと思います。

 

等級制度は人材育成の概観図

人事制度構築は、まずは等級制度から

支援先の企業様にて、等級制度が完成しようとしています。

80名規模の会社ですが、今まで役職すら曖昧だったというこちらの企業様に等級が入ることは非常に大きな変化であり、ここから100名超の組織へ駆け上っていく下準備と言えると思います。組織が壊れる前に人事制度の構築に着手しようとしているこちらの企業は経営を本当によく考えられていると思います。

一般的に、人事制度と言うときは等級制度、報酬制度、評価制度の3つの制度を指します。そして、人事制度を一から作る際は「等級制度」から作っていきます。

皆さんが一番イメージしやすいのは「評価制度」だと思います。上長と目標を決め、その目標の達成にむけて査定期間中に取り組み、査定期間終了後に上長と評価をすり合わせる。各上長が査定した評価は、全体会議にかけられ社内で相対的な調整が入り、評価が決定する。この評価制度のプロセスをやっている方も多いのではないでしょうか。

そのため、「まずは評価制度から」と評価制度構築についてご連絡頂くこともあるのですが、私は、評価制度は一番最後に決めた方がよいと考えています。人事制度の根幹は「等級制度」であるため、等級がない状態で報酬や評価の仕組みをいじると制度の一貫性が保てなくなります。いくら人事制度が設計3割、運用7割と言われているとしても、この等級制度に限っては設計ですべて決まると言っても過言ではないため、人事制度の起点であり根幹となるわけです。

以下が人事制度設計のフローです。

等級制度・報酬制度は事前設計によって決まるもの、評価制度は運用と定着が必要なものであり、両者の性質は少し異なることが分かって頂けると思います。

 


自社の育成ステップをどこまで解像できるか

では、どうやって等級制度を作っていくか。

「等級」とは、その会社のステップアップする階段です。新卒で入社した者が役員になるまでどのようにステップを踏んでいけばよいか、各等級での役割、次の等級に上がるための要件といった階段を上がるための条件を決めていきます。そして最終的には、どのような人材が役員に就任できるのかというところまで構築します。(これを従業員にどこまでオープンにするかは別議論が必要です。個人的にはすべてオープンにしても問題ないと考えていますが、組織の事情によっては一部オープンにしていきます)

ということは、構築のために必要な作業は「洗い出し」と「組立」です。

洗い出しでは、①従業員の現状のレベル ②業務・タスク ③階層と部署 ④マネジメント層 この4つの観点から抽出を行います。この4つの分析ポイントは、等級が組織と業務に密接に関わっていることから私が設定しているものです。

①は人事制度導入前の事前準備の段階で従業員面談を実施しますので、そこでインプットにすることができます。

意外と忘れがちなのは②かと思います。今、全社の中にどのような業務・タスクがあり、どの部署が担っているのかを洗い出します。こちらもアンケート、必要に応じて面談でのヒアリングとなります。業務・タスクは取り組んでいる本人しか分からないため、聞いて回るしか情報を集める方法はありません。

③④は組織に関わる部分です。階層と部署は②で集めた業務がどのように全社の中で散らばっているかを見てみます。具体的に取り組んでいる担当者と紐づけてみると、業務のレベル・難易度が分かります。すると、コア部署に本当に重要な業務が配置されているか、分担が上手くいっているかというところが見えてきます。④は現在のマネジメント体制について確認します。組織の要はマネジメント層です。③の業務分担がどのようにチームへと枝分かれいているか、末端の従業員までしっかり指示や分担が落ちているかという指示系統を見ます。部署によりマネジメントの難易度が異なるケースもあるでしょう。

このような情報をつぶさに集めてから、初めて等級を組み立てることができます。

組立では、役員までの成長ロードマップを描きます。ただし、現在の状態からかけ離れた夢物語な等級を組むことはできないため、プロジェクト内で慎重に確認しながら組み立てていきます。役職と等級の組み合わせも重要になりますので、どこで昇格地点がくれば従業員のモチベーションにつながるかを想像していきます。しかし一方で、現状通りの等級をそっくりそのまま組み立てても組織の成長につながらず、意味がない訳です。この現状と理想の間を取った微妙な塩梅でビジョンまでの成長を描くことが等級構築では求められます。

等級制度とは従業員の成長概観図です。

上長から見た時には人材育成の概観図になります。両者が同じ地図を広げることで、成長と育成の方向性や課題認識がずれないようにできるということです。

 


若手層が口にする「成長の全体像がわからない」という不安

等級制度を入れる一番の目的は「人材育成」です。人材育成にお悩みの企業様、御社の等級制度を今一度思い出してください。育成ステップを踏まえて一貫したものがありますか。そもそも等級制度がないところや、何年も前に作ってメンテナンスもせず放ったらかし、ということもあるかもしれません。

そして人材育成で重要なことは、「全社共通のゴールと全体像を見せる」ことです。

この必要性は私が今まさに肌で感じているところです。さまざまな県・業種の中小企業で従業員面談を行う中で、若手社員の方が口々に「今どのレベルに居るのか分からない」と話してくれます。

自分の若手時代を振り返ってみても、ああそういう時もあったなと懐かしくなります。ただ、当時何故それでも成長することができたかというと、周りに若手の先輩がいて、何となく数年後のイメージがついたからだろうと思います。この問い合わせは回答できるようになりたいとか、上長から落ちてきたタスクを確実に対応できるようになりたいとか。

中小企業では元々入退社が激しい環境ですが、そのスピードは今後さらに加速することでしょう。中途入社の先輩は別の環境でスキルや知識を身に付けてきたわけですから、この会社で勤務していて果たして自分はどのレベルまで行けるのか、ということに不安になってしまうのはやむを得ないと思います。

また、「上の人たちがどのレベルまで自分たちに求めているかわからない」という声も聞きます。自分としては求められることに応えているが、もっともっととタスクが降ってくる。自分でここがゴールだろうと思っていたところで急にゴールを伸ばされるとやる気を失いますよね。これは当然と思います。

育成に悩まれている企業様で、前述した「同じ地図を広げる」ことで育成のハードルを乗り越えられるケースもあります。例えば、部下の方が習得に時間が掛かるタイプだったとします。周りと比較して習得が遅い自分へ焦りつつ、でも習得のために一生懸命やっているのにそこを見てもらえないという不満が溜まっていく。一方、上長には部下の育成責任があります。たまたま配置転換で同じチームにいる育成スピードの遅い部下をどうにかして一人前にしなくてはいけない。まだまだ覚えるべきことはたくさんあるのに…と、こちらも焦っている訳です。

そういったときに等級があれば、全体像を共有することができます。本人は自分が全社でどのくらいのレベルにいるのかが把握でき、上長は本人が登ってきた階段の振り返りと今後登るべき階段を部下に提示することができます。そこから育成スピードを上げるのか、他の道での育成を検討するのか、このままコツコツ進ませるのか…といったところは育成方針によりますが、この「全社共通のゴールと全体像を見せる」ことは若手層の不安を取り除くことができるはずです。

ここまで等級制度について書いてきましたが、等級制度を含む人事制度はあくまでもツールで、人材育成の本質は上長と部下のOJTにあります。つまり、OJTが少しでもやりやすくなるためのツールとして、人事制度を使っていくべきというのが私の考えです。

 

 

人事制度の構築に現場見学は必要?

先日、ご支援先の企業様にお願いし、1.5時間ほどかけて現場見学させて頂きました。

当初、企業様側では事業現場の見学は想定されていなかったようで、私からの依頼も少々驚かれていたようでした。

なぜこのようなお願いをしたかと言いますと、私の前職が物流会社だったことが大きいと思います。

入社当時から、「現場に行け」「現場をしっかり見てこい」と何度も上司から言われてました。メーカーのように商品があるわけではなく、サービスや作業工程を売っている事業において現場は非常に重要視されます。そこで発生する作業そのもの(付加価値)が商品で、現場が売上を上げる場所だからです。

そこで繰り広げられている日常は、私たち人事部門が本社ビルの中で一日を終えるのとは全く別の世界があります。人が現場に行かないと終わらない、拘束時間が長い、人と人とが顔を合わせて話さないと解決しないなど、社会行動学の塊のような場所です。

今回の現場見学においても、多くの気づきがありました。

 

事業現場と評価基準

現場見学ではまず人の配置と接点、業務の流れを見ます。

今回の現場は、狭い場所に多くの機械と薬品が配置されていました。人の配置は機械の配置に依存しますから、同じ部署であっても担当する作業機械が違う階にあれば、顔を合わせる機会はぐっと減ります。端らから見ると簡単に作業しているようですが、実は熟練の技が必要な工程ばかりだそうです。そして安全の徹底。機械や薬品による事故や労災と隣り合わせの職場で常に安全意識が要求されるのですが、人間不思議なもので隣に劇薬が置いてあっても慣れてきてしまう。きっと私も1週間と立たずして気の緩みが出てしまうだろうと考えていました。

このような場所で、日々作業をしている従業員の評価基準は何でしょう。

どのような目標を立て、どのように上司と部下が目標達成にむけたコミュニケーションをとればよいでしょうか。一つの工程に一人の作業員ということは、上長と同じ作業場にはいません。その状態でどうやって評価をすればよいでしょうか。

これは、IT企業のように現場を持たない企業でも同じ観点を持つ必要があります。従業員がパソコンに向かって作業するオフィスフロアや会議室が「現場」であり、そこで作業のような付加価値やプロダクトが生まれているのです。

立地、間取り、環境が違えば人と人との連携の仕方が変わります。コミュニケーションの取り方が変わります。情報の伝達方法やスピードが変わります。同業他社で同じ事業をしている企業同士を比較しても、もしくは同じ企業内においても、全く異なる組織運営がなされているという意識を持ちます。

評価基準とは、日々作業している中で出現するコミュニケーションなのだと思います。技能検定のように個人の能力を測る試験は別ですが、基本的には人がいるところに評価基準が存在します。

例えば、管理職の評価基準として「リーダーシップ」や「業務遂行力」を設定したとします。「リーダーシップ」は部下や後輩がいて初めて露見されますし、「業務遂行力」は発注した企業からのニーズを受けて社内の人材リソースに作業を割り振り、最後に統合して納品するのですから何人もの人が絡み合っていることは想像に容易いでしょう。

つまり、事業現場を生で見ることの意義は、どこに人との接点が発生しているのか、調整はしやすい状況なのかを確認することが一番大きな意義だと思います。

 

データで拾えない声による評価基準の研磨

評価基準はどのように決めるのかというと、まず先程例として示した「リーダーシップ」や「業務遂行力」、このような広義の基準(一般的なもの)を選定していきます。一般的な基準をリストからピックアップする時点でオリジナリティが損なわれると怪訝されることもあるかもしれませんが、この時点で実は非常に個性が出ます。事業分野や企業フェーズ、創業者のMVVなど、企業が立っている土台が違うことに気づかされます。

ここまで完了して、次の段階です。いくら一般的に重要だと言われている基準でも、その企業の実務にそぐわないものであっては上手くいきません。「リーダーシップ」が本当に必要な事業なのか、「業務遂行」できる裁量を任せてもらえるのか、現場に敷かれている組織体制と実務の観点を組み込みながら評価基準を設定していきます。

その後、運用検討段階になると、評価基準の定義が広すぎて評価しづらいという声が確実に出てきます。そこから、話し合いを重ねることでさらに定義を狭くし、人によって評価レベルに差がでないようにしていきます。

評価基準の研磨こそが「自社独自の評価基準」への調整作業であり、この作業においてデータのみで結果を提示してしまうコンサルタントが非常に多いと思います。

どの分野であれ、コンサルタントという職種は常に理屈や理論が求められます。「データで語る説得力」を求めて、データをこねくり回して施策を提案してしまう節があります。他社事例を持っているが故に結論ありきでデータを集計していることもあるでしょう。例えば、等級制度に必要な「等級要件」「役職定義」はどの企業でも似通ってきますので、市場全体の統計をもとに設計できるのがコンサルの強みです。

しかし、私たちコンサルタントが本当に語るべきは、自分の嗅覚で嗅ぎ取った「直観」の部分なのだと思います。

私共に連絡頂く以前に、別のコンサルティング会社で人事制度を導入しようとした過去パターンが本当に多くあります。その時の構築プロセスを伺ってみると、構築の段階で「現場の観察」が抜け落ちています。実際にあった事例だと、コンサルタントが従業員サーベイの結果から自社の課題を嫌味のように洗い出し、机上の判断のみで制度を構築してしまったケースも伺ったことがあります。

もしその制度をそのまま運用していたとしたら、確実に失敗していたと思います。

人事制度はあくまでも組織改善のツールです。人事制度を使って改善したい「何か」があるはずです。その「何か」を特定し、その改善にむけたアプローチができる人事制度になるかどうかは、「データで拾えない声」をどれだけ拾い上げているかにかかっています。

そして、またこれが厄介なのですが、自社のみで収集しようして失敗するケースも多くみてきました。働く環境に毎日接している従業員では、直観的に評価基準を炙り出そうとしても当たり前すぎて認識が甘い場合あるからです。プロジェクトメンバーの方の経歴の違いから(現場寄りの方とそうではない方)、現場の解像度にばらつきがあることもあるでしょう。

コンサルタントがプロジェクトに入る最大の利点は、「データで拾えない声」を形にできることです。そして、「データで拾えない声」は現場に眠っている。私は今後も現場観察を重視していきたいと思います。

 

管理職の大降格時代を考える

管理職ポスト保障時代の終焉

先日、日経新聞を読んでいたところ、このような記事を見つけました。

「管理職に大降格時代 スキルないと2軍、でも実はチャンス」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC288QD0Y5A120C2000000/

管理職の大降格時代、なんとも怖ろしいタイトルですが、実際に私も前職では48歳以上の管理職を対象に早期退職制度を実施していましたし、私自身も管理職降格の仕組み作りに携わっています。

10年前と比べて、管理職というポストの在り方が変わったように感じますが、その変遷について追ってみました。


管理職に昇格する=生活の保障だった

大企業では、過去の年功序列体制により、膨らみに膨らんだ管理職のやりくりに頭を悩ませています。

私も前職がプライム一部上場企業でしたので、状況はよくわかります。現在の大企業では、人員の適正構成と一般的に言われているピラミッド型(年齢層が上がるほど役職のポスト数が減る)にならず、管理職よりも一般社員の方が少ないケースも多く見受けられます。一人の一般社員に対して複数の管理職が作業員の取り合いになり、指示があちらこちらから出される。一体だれの指示を聞けばいいのだろう、若手社員の疲弊はもはや当たり前になっています。

日本の管理職が増えてしまった要因として、給与の支給基準が変化したことが挙げられます。

一昔前まで、給与は「生活給」「勤続給」という性質が強くありました。年功序列という考え方はまさに「生活給」をベースに報酬が設計されており、40歳男性であれば家庭があり子どもが2~3人いることを想定します。中学生くらいになり、学費も高くなるころだろう。一般的な生活のロールモデルが描きやすいですし、従業員の大半はそのロールモデルの通りのライフスタイルだったというわけです。

給与が生活費という側面を抱えている以上、会社側にも従業員の生活を保障する責任が発生します。そのため、会社側もよっぽどのことが無い限り、管理職のポストを用意します。そうなると永久的に管理職が増えていくことになりますが、若手が大量に採用できた時代はいくら管理職がいても困らないとも言えました。

毎年大量に入ってくる新人に対して、現在のような手厚いサポートもないため、即戦力になるまで時間が掛かる。管理職が多数いれば、パフォーマンスの上がらない若手を大量に抱えていても部署の実績をあげることができます。日本の新卒一括採用を支えていたのは、一般社員の仕事を一人でかつハイクオリティで対応できる管理職で、その方たちは一定数必要でした。

つまり、この時代の管理職に求められることは、同じ仕事をハイクオリティ(職人的・正確・早い・顔が利くなど)で対応できるようになることだったのです。

 

日本全体での人事異動

上記の日経新聞の記事で述べられている「管理職降格時代」。

生活給としての管理職ポジションは一転し、全員が管理職に就ける時代は終了しました。

現在、人材の価値は転職という名の市場に委ねられています。転職では、個人の持つ「能力」「経験」「役割」が切り売りされ、その希少性・汎用性の高さに比例して需要が増し、高い給与が払われるようになります。会社側は従業員と外部採用候補者のレベルを比べることができる。従業員は、社内ではなく社外の人(他の会社で「能力」「経験」「役割」を身に付けた人)と戦うことを余儀なくされているのです。

日経の記事によると、大降格時代は日本にとって「チャンス」だと言います。

それは、中小企業やスタートアップなど、ここから拡大・発展しなければならない企業において、大企業で培われた高い専門性は喉から手が出るほど欲しいからです。大企業で降格になった、あるいは早期退職に引っかかったからといって知識や経験を腐らせてしまうのは、日本としては非常に痛手です。本人的にも降格してまでも大企業に居続けるより、いっそ環境を変えるチャンスと捉えるほうが良いと記事は述べていました。

私もこの意見には賛成です。労働力がますます減少する中、さらに効率的に生産することを求められる日本にとって、日本全体での人事異動はてこ入れしてでも実施すべきでしょう。

個人の人生を見ても、この日本全体での配置転換の流れに飛び込めた方が幸せなのではないかと思うのです。つまり、今までは一度管理職に上がってしまえば、能力が頭打ちになった人材も窓際族として高給が保証されていたところから、その保証が外され降格・降給が当たり前になるのです。それであれば、同じ規模の給料になることが目に見えているのですから、必要とされる場所へ移った方がよいのではないでしょうか。

私がご支援する中小企業においても、大企業での経験やノウハウを欲していることをひしひしと感じています。(だから私のようなコンサルタントへ発注がある訳です)

例えば、前職が大企業の子会社役員や管理職だった人材が定年後に再雇用先として地元の中小企業へ転職しているケースは本当によく見受けられます。定年前に転職に慣れていた方ばかりではありませんが、自分の知識や技術が活かせる環境に60歳過ぎてから身を投じ、活躍されています。

条件があるとすれば、そのような人たちは自分の培ってきた技術や知識に絶対的な自信があります。そして、その技術や知識を横展開できるように言語化し、マニュアルに落とせるレベルまで標準化されています。理想的なレベルの新しく就職する企業の改善点を見つけ出し、臆せずに行動や発言をされている印象があります。これはおかしいよ、これは変だよ、こういう風にやっていこうよ、と問題提起されています。

あるいは、黙々と個人主義で働くということもできます。大企業に居る限り、どこまで昇進したとしてもマネジメントされる側から逃れることはできません。それが、中小企業へ移ることで自分の作業だけに集中する(個人プレーポジション)で働くこともできます。高い専門性とスキルがあるため、それが許されるのです。また、私は、社長の右腕や二番手ポジションが性に合っている人は意外と多いと思っており、そのような自分に合った働き方も叶うようになるのです。

組織はその大きさや事業のレベルに応じて必要な人材が変わっていきます。日本という国を大きな企業と見立てた時に、今まではマンパワーをかけて成長してきた、それがここからは少数精鋭で利益を出していかなくてはいけなくなるのですから、いかに国全体で効率のよい人員配置できるかがカギとなります。今まで大企業が手放さなかった人材が、この大降格時代に放出されるようになったこの状況を「大降格時代」と悲観せず、日本の人事異動として捉えられたらより発展するだろうと思います。

トップダウンとボトムアップ

トップダウンvsボトムアップの論争

人事制度を導入するために組織診断をしていると、トップダウンとボトムアップという話にぶつかります。どちらが良いというわけではなく、必要な部分に必要な手法を使えているかという話だと思ったので、まとめました。

 


実は、中小企業はトップダウン組織が作りにくい

ネガティブな社風として、従業員様から「当社はトップダウンだ」というお話をよく伺います。

確かに中小企業では社長と従業員の距離が近いため、心理的にそのように感じることは多いかもしれません。社長の指示がダイレクトに個人に向かうことは大企業ではあり得ないことで、良くも悪くも受け取る側からしてみると言葉の重みは大きいものがあるでしょう。

また、一挙手一投足社長に見られてしまうわけですから、それでは従業員が息苦しくなるのは非常に理解できます。特にコア事業は社長の一番の得意分野であることが多く、社長の考えが色濃く反映されることは間違いないです。社長がいちいち口を出してくる、新しい取り組みを潰されるといった状況に従業員が疲弊してしまいます。

しかし、大企業と比べると、実は中小企業は現場の裁量が大きいように思います。小さい会社では、担当範囲を細分化することができないため、社員一人一人がある程度広い範囲を担当しなければなりません。社長も現場のことは意外と分からないことも多く、そうなると一定の権限の範囲内であれば、自由に動き回ることができます。

一方、上場企業は社長を中枢とした強烈なトップダウンです。各部署における業績ノルマの達成/未達成は厳しく評価され、優秀かどうかは噂が一気に回ります。加えて、フジテレビの件が分かりやすいですが出世競争や社内政治も蔓延し、トップの意見を確実に実行できる人材(イエスマン)が権力を握っていきます。人事権も社長にあるため、意向に沿わない人は異動させることで辞めさせずともその人材を組織から外す(いわゆる左遷)ことが可能です。

その点、中小企業においてはブラック企業を除き、ここまでの強烈なトップダウン組織は作りにくいと思います。まず、部署が少ないので人事権が効きにくく左遷ができない。さらに、現場は従業員が取り仕切っているため辞められては困る。無意識だとは思いますが、それを逆手に取った方はある場面では社長よりも発言権が大きくなったりもしているとお見受けしています。

中小企業の社長の皆さんは、会社を大きくしたいと考えていると思います。それはつまり、組織をさらにトップダウンに変えて締めていくという意味になります。しかし、従業員は現レベルでさえもトップダウンに対してアレルギーがある。ここをいかにして突破できるかを考えていく必要があります。

 


ボトムアップは自然発生的には生まれない

従業員の方から「当社はトップダウンだ」というお声と同じくらい聞かれるのは、社長様からの「当社はボトムアップは無理だ」というお話です。

社長様の立場からしてみると、「自分が指示をしないと従業員は何も動かない」と感じられています。ある意味その通りで、企業は社長が一番熱量を持っている組織体です。そのため、理論上は社長の期待以上に働いてくれる人はいないことになります。

しかし、ここで問題なのは、社長の立場からは現場が見えなくなっていることです。立場が上がると経営的視野が広がり、未来の事業計画を立てることになります。と同時に、視座が高くなった分、足元が見えなくなるのです。

例えば、なぜ退職者が止まらないのか、自分の方針がなぜ末端まで届かないのか、なぜ組織がまとまっている感覚がないのか。何か組織内に問題があるはずだが、同じフロアにいる従業員の様子が社長からは分からないというわけです。

それは、トップダウンオンリーで閉塞的な雰囲気になってしまっていることが一因かもしれません。組織拡大のためにさらなるトップダウン体制を作っていくことは必要ですが、ボトムアップ要素を入れておかないと組織は息ができなくなり、従業員は働く場所としてその企業を選ばなくなります。

ボトムアップは自然発生的には生まれません。そのため、意図的にボトムアップを取り入れる必要があります。ボトムアップが根付くことで社風も変えていくことができます。

 


ボトムアップが成立する条件

では、ボトムアップはどのような条件で成り立つのか。

私は「①トップからの問いかけ」と「②汲み上げる場の設定」が条件になると思います。

様々な組織を見てきましたが、①②それぞれ実施されているケースは実は非常に稀です。①の「トップ」とは社長様だけを指しているのではありません。リーダー(管理職)→メンバー、さらに下位組織でも主任・係長→後輩も当てはまります。小さなユニットになっても同じように①②が実施できて初めてボトムアップが可能な組織と言えます。

そして、この①②を作るところからボトムアップでやらせようとするリーダーが非常に多いですが、①②を下位の立場の者が作ることはできません。

ボトムアップはトップの熱量から始まります。トップが本気で皆さんの意見を聞きたいかどうか、従業員には透けて見えてしまいます。ボトムアップが自然発生的に生まれない要因はまさにこれで、求めるだけではだめだということです。

言い換えれば、トップの熱量があればボトムアップの組織に変えていくことは可能で、上手くできていない場合はこの「①トップからの問いかけ」と「②汲み上げる場の設定」を改善すればよいだけだと思います。ここは研修や伴走次第でいくらでも実施を促すことができます。

そして、人事制度(特に目標管理による評価制度)はこのボトムアップのネックになる条件を乗り越える一番よい手法です。人事制度を導入することで、①②が組織のルーティンワークとして入り込み、コミュニケーションの量は格段にアップします。(ただし、そこに質が伴うかはリーダー教育が必要です)

現在ご支援中の企業様では、評価のみならず組織体制を整えるための人事制度を導入すべく伴走しております。

 

 

書籍紹介(ハイアウトプットマネジメント)

<書籍情報>

■書名:HIGH OUTPUT MANAGEMENT

■著者:アンドリュー・S・グローブ

■出版社:日経BP社

■どんな人向けか:ミドルマネージャーのための本。マネージャー業の本質を知りたい方、次世代リーダー育成の方向性が分からない方

 


ミドルマネージャーというカオス処理部隊

ここ10年ほどでマネージャーというポジションの重要性が増しました。

長時間残業が当たり前だった日本企業が、この10年で業務効率化を求められ、短時間で効率的に働くことが求められています。さらに、転職の活性化によりいつ会社を離れるかわからないメンバーをマネジメントする必要性も高まっています。業務や人員の変化が目まぐるしい時代において、組織風土を作るのも業績を上げるのも離職率を防止するのも小さなチームに託されるようになりました。

つまり、それらの責任はすべてマネージャーに押しかかっているということです。

私のイメージですが、「カオスな状況をミドルマネージャーというフィルターで濾し、部下に綺麗な状態で提供する」ことを求められているように感じます。まさに、カオス処理部隊。

この本では、カオスな状況に先頭を切って対処しなければいけなくなったミドルマネージャーに、秩序をもって無秩序を制するやり方を提示してくれています。

著者はこの状況をこう説明しています。

「無秩序(カオス)に対する、より高度の受容力と許容性」を身に付けなければならない。むろん、無秩序をそのまま受け入れてはならない。だから、実際上、周囲の事柄を「秩序立てる」ように推し進めるべく、最善を尽くさねばならない。(「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」(アンドリュー・S・グローブ)P.27)

秩序と無秩序の区分け、これが本書のキーワードです。

 

 

カオスを整理・再構築することがマネージャーの第一歩

前述のとおり、本書の本質は「無秩序(カオス)を受容・許容するために、それ以外のことをなるべく秩序立てていく」ことです。言い換えると、まずはイメージしやすい自分の業務について整理し、標準化していくとこから取り掛かるべきということです。

本書の著者は、インテル社がまだ小さなベンチャー企業だったころに3番目の社員として入社した方です。その後、同社をけん引して今日のグローバル企業にまで発展させてきた人物で、社長も務められた方です。

そのため、本書はチームマネジメントの手法に製造業の生産ノウハウが豊富に詰め込まれています。

 

まずは業務フロー。

具体的な例で説明されており、ゆで卵・ホットコーヒー・バターサンドを提供する架空の「朝食工場」というものがあったとして、どのようにプロセスを組み立てるかを考えることができます。

製造業の生産工程は、学びの宝庫です。労働集約産業、つまり人を投入することで商品に付加価値をつけていき利益を得ている業界は、1秒での処理スピードをあげるために生産性向上が最も大きな命題であり、処理フローに関わる全ての事柄(人・設備・導線・業務の受け渡し・工程など)を日々洗練させています。この考え方がまずインプットできれば、自分のチームの分業の組み立てがいかに取り組まなくてはいけないかわかると思います。

なお、私も「業務の線引きで組織が変わるチームデザイン」というブログ記事を書いていますので、そちらもご参考にされてください。

業務の線引きで組織が変わるチームデザイン

 

次に、部下のアウトプット。

部下のアウトプットもカオス(無秩序)なものであり、そこをある程度予測できる状態まで組み立てることも生産管理のうちの一つであることが分かります。

そのためのツールとして、目標管理・評価制度は非常に有効というわけです。これは部下に対して整理を強いるだけではありません。マネージャーの中でも部下に対する期待やアウトプット予測値を明確に持つことができ、それによって評価が可能となります。

本書でも、下記のように言われています。

査定のむずかしさを弱めるためには、管理・監督者は部下に何を期待するかを事前に自分の心の中で明確にし、それから部下がその期待どおりに実行したかどうかを判断してみることである。考課における最大の問題は、管理者が通常部下に何を期待しているかをはっきり決めていないことである。(「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」(アンドリュー・S・グローブ)P.269 )

部下のアウトプットもマネージャーが避けるカオスのうちの一部です。

これを予測できる範囲で秩序化し、整理するために目標管理制度があるということは、マネージャーは認識されるべきだと思います。

 

 

チームの資源と価値を握るマネージャー

そもそもマネージャーはどういう存在なのか、という問いにも触れておこうと思います。

本書の中では、「マネージャーはチームのCEO」だと繰り返し述べられています。つまり、割り当てられた資源(ヒト・モノ・カネ・情報)をチーム内であれば自由に使うことができる、一種の経営に近いものであると言えます。

チームをうまく運営できない人が経営層に就くことはできない、一般的に考えても当然だと言えるでしょう。しかし、実際にチームのCEOとして行動している人がどれだけいるか。その時にチームが必要とする資源は流動的です。常にチーム内外にアンテナを張り、チームに有益だと思う資源を提供し、チームをブーストしなくてはいけません。

ここで見落としがちなのは、「マネージャー自身の時間配分」もチーム資源の中に組み込まなくてはいけないことです。

マネージャーの仕事のほとんどは、労働力、金、資本といった経営資源の配分と関係がある。だが、マネージャーが毎日毎日配分する唯一無二の重要な資源は、本人の時間である。原則的に言えば、金や労働力や資本は必ずもっと手に入るが、マネージャー自身の時間は、誰もが絶対に有限な形でしか手に入らない。したがって、その割当てと使用に相当の注意を払わねばならないのである。(「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」(アンドリュー・S・グローブ)P.100,101 )

これは、作業系の業務を全部部下に振って楽になるべきという単純な話ではなく、自分の労働時間をチームの資源として考えるべきということです。そうしてみると、マネージャーが作業をすればするほどチームは外との関わりがなくなり、効率は下がり、取り残されてしまうことが分かると思います。この観点は、私は非常に重要だと思っています。

 

また、マネージャーに求められる存在意義は「付加価値」をつけることだとも著者は言っています。

「付加価値」とは何か。普通の価値ではなく、プラスアルファの価値です。つまり、マネージャーがいることで何かチームにプラスの影響が与えられなくてはいけません。交通整理、方向性の修正、他部署との調整、さらに上層部への掛け合い、チームの経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の確保、部下の育成などです。繰り返しになりますが、マネージャー自身が作業することは、何も付加価値にはなりません。

この中で、「部下の育成」は一番のチームへの付加価値です。

マネージャーは何で評価されるのか。チーム(部下)のアウトプットに対する評価だと著者は言います。どういうことか、マネージャーには部下(チーム)の評価以上の評価つけることはできないということです。そのため、マネージャーは部下の育成に力を入れなければなりません。優秀な部下は一握りですし、上長の育成によって成長したわけではないことは一目瞭然です。それ以外の一般的なレベルの部下を育て、アウトプット効率を上げていく。これも非常に生産的な考え方であると言えます。

 

ここまで本書を紹介してきましたが、難しく考えすぎず、まずはチームのために何ができるか考える。業務分担や目標設定など無秩序(カオス)状態の整理してなるべく計画的な流れを作ることと、自分の労働時間の中でチームの付加価値を高める動きを最大に確保することをすれば、自ずと「ハイアウトプットマネジメント」は可能だと言えます。

 

 

人事制度=コピペなのか

本来、人事制度は独自のものなはず

当社にご依頼頂くご相談事項で必ずと言っていいほど言われるのが、「コピペではない、独自の人事制度を作ってほしい」という内容です。

私の感覚では、人事制度はその企業独自のものであるのは当たり前だと思っています。それは、その企業の事業・風土・従業員を理解しないとそもそも制度を作ることができないからです。

にもかかわらず、どうして「当社独自の制度を作りたい」というニーズがあるのか。

それは、「人事制度=コピペ」というイメージを作っている何か要因があるのではないかなと感じています。ケースとして、大きく2つあります。

 

過去に外部に依頼して人事制度導入を失敗した場合

企業様にご提案している中で、意外にも多くの企業が人事制度導入に踏み切ったことがあるんだなと感じます。これは、企業規模に関わらず、小さい企業様でも聞かれる話です。

そして、その後運用をやめてしまったケースのほとんどが、過去に外部委託して人事制度を作ってもらっていました。外部とは、別の人事コンサル会社、県や区が派遣している専門家、社労士、キャリアアドバイザーなどです。

そういったところでは、恐らくですが「○○メゾッド」や「●●人事制度」のような一律の構築方法があり、コンサル内で使っている手法やフォーマットを判を押したように使用しているでのはないかなと推測されます。

これはコンサル側の視点に立つと合理的です。人事コンサルタントを養成するのは非常に難しく、人事や事業会社を経験していない新米コンサルタントでも標準化された手法を使えば一定の質を担保できるように開発されたものでしょう。

しかし、このやり方は柔軟性がないのが一番のデメリットです。

メゾッドやフォーマット自体は悪いわけではなく、これを使うコンサルタントが人事制度の余白をどこまで理解しているかによって完成形が変わってしまいます。もし、一点突破でごり押ししてくる方だと、たちまちコピペの人事制度が出来上がってしまいます。

私はコンサルタントの経験は重要だと思っています。それは、人事制度の「構築経験」ではなく、「運用経験」があるかが見極めポイントです。人事部に所属し、運用を苦慮した経験があるかどうか。コンサル経験だけでは、人事制度が自社にフィットしていない影響や従業員からの不満がイメージできず、調整を進めることが難しいと考えています。

「早い・安い・簡単」を打ち出していたり、制度の効果を最初から打ち出している(自己実現、自律分散型など)専門家は、少しメゾッドがきっちり決まっているだろうなという印象を受けます。

 

企業様が独自の人事制度構築の難しさをイメージできていない場合

これは一度だけ私が体験したケースです。

「独自の制度を作る」ことについては、企業様と私が対話を重ねながら制度の細かい部分を設計していくになるので、企業様の方でも相当な努力が必要です。人事制度のことを勉強し、そこから派生してどのような人事課題に影響が及ぶかをイメージし、自社を分析し、落としどころを探ることに悩むことになりますので、多くの時間を費やして頂くことになります。

多くの企業様はこれを理解してくださり、社長様もしくはご担当者様が人事制度に関して積極的に学んでくださいます。こちらが驚くようなところまで知識がある方もいらっしゃり、そうするとさらに込み入ったレベルの高い話ができるようになってきますので、完成した人事制度の精度が高いと感じています。

そして、私の方は企業様への知識提供や手法提案を全力で実施させて頂きます。人事制度について基礎知識を学びたい社長様には勉強会を開催したり、関係者の方々にも実際に他者事案を見て頂きながらお話したこともあります。

ところが、中にはこの前提知識の底上げの時間を全く必要ないとしてしまう企業様がありました。

また、私のコンサルディングでは、社長様の方針と従業員の方の状況を把握するために準備期間に2~3カ月頂いていますが、その組織分析時間も不可とされました。学んだり、分析したりする時間がないからコンサルに依頼したんだ、ということでしょう。

このようなケースでは、「独自の人事制度は構築できませんよ」というお話をさせて頂きます。人事制度の手間・工数を丸投げしたい場合は、ある程度型にはまった人事制度を導入されることをお勧めします。コピペの人事制度自体が悪いわけではなく、シンプル簡単なものが多いですし、その方が費用対効果の満足度は上がるように思います。

 

人事制度を構築した人の本気度が高くないと独自の人事制度は作れない

コンサルディングとは、企業の風土や状況を初見の者が社外から入ってくるため、双方の努力が必要です。その意識がある企業様では、組織を変えたい本気度が高く、人事制度プロジェクトは必ず成功しています。そのような企業様のために動いていきたいと日々実感しています。


IGNITE HORIZON(イグナイト ホライズン)

50人以下の会社やチームのための成果を出す人事コンサルタント|IGNITE HORIZON
メールアドレス:info@ignite-horizon.com
無料相談承ります。
人事・総務でお悩みなことが御座いましたら、HP内お問合せフォームもしくは上記メールアドレスからお気軽にご連絡ください

物的投資と人的投資

こんにちは、50人以下の中小企業にむけた人事・組織コンサルティング会社「IGNITE HORIZON」です。

先日、商工会議所が主催する「日本経済が抱える課題2025 人手不足経済を紐解き考える課題と展望」というセミナーを受講してきました。

人事として非常に参考になるお話でしたので、備忘録としてのまとめを共有したいと思います。

東京大学大学院 柳川範之先生のご講和でした


人口減少・労働力減少は避けられない

日本の人口減少が避けられないことは、日々のニュース報道などを見ると一目瞭然でしょう。50年後には8700万人まで人口が減少してしまうという統計も出ているほど、日本という国の規模は縮小しています。

それに伴い、労働力人口も大幅に減少しています。特に若手の採用は難しくなるでしょう。ということは、現在のビジネスモデルを顧みるタイミングが来ているということです。

例えば、製造業で若手を採用し、長年かけて熟練工に育てていく+その方たちが長年勤めてくれることで技術力を担保してきた企業があったとします。しかし、今後若手層が採用できなくなるということは、その企業のヒトを使ったビジネスモデルは破綻します。その崖っぷちギリギリのところに我々は位置しているのです。

思うに、人事施策の大半が波が来る予兆があると思うのです。社会の動向や事業現場で起きている課題を捉えていれば肌感覚として感じる方も多いはずです。

しかし、賃上げのように「急に大波が来た、困っている」と中小企業が報道されてしまうのは、対策のタイミングを見過ごしてしまったと言わざるを得ないでしょう。社会変化の前兆は、経営者であれば必ず気付く形で目の前に訪れているのです。


「ヒト」が企業の資産になる時代に

日本の人口減少、労働力減少が目前に迫る中で、人事界隈では人的資本経営が唱えられるようになりました。「ヒト」を持つことが企業の資産となる時代ということです。

これは、ビジネスに必要なもの「モノ・カネ・ヒト・情報」の4つの分野が全て資産になるという考え方で、「ヒト」を物のように扱う印象もあり、資産価値として考えるのは今までは嫌厭されていたのではないかと思います。

また、「ヒト」の資産は金額換算が難しいため、財務諸表に現れない指標になります。にもかかわらず、業績に直結している。同じ業界でも企業風土や組織開発、人材育成の力の入れ具合の差が業績に見事に反映しています。今後、「ヒト」資産の数値化はさらに加速していくでしょう。

「ヒト」が資産になるということは、日本全体で牌を奪い合うということです。このセミナーの中では「知恵の奪い合い」と表現されていました。人的資産の源泉は「知恵」であることを思い知らされます。

新卒市場、転職市場がこれだけ活性化されている中で、従業員側も自分が株のように市場商品であることに気付いてしまいました。「私って、転職市場に出れば売れるんだ」。その価値が従業員側に明るみになってしまった以上、企業と従業員は対等関係になったと認めざるを得ないということです。

従って、「事業成長の見込みが人的資産の投資に現れているか」が今後重要指数になります。人事施策の重要度が急上昇するわけですね。

 


物的資産と同じような投資プロセスを踏むべき

以上のことを踏まえ、本セミナーで一番勉強になった考え方は、物的投資と人的投資を比較し、「物的投資と同じように投資プロセスを踏むべきだ」ということでした。

例えば、ラーメン屋を経営しているとして、ラーメン屋が事業成長するためには新店舗を出店します。新店舗出店のためには、賃貸や設備の準備といった物的投資の必要があります。

この際、仮に現在の店舗で余っている机やいすがあったり、鍋やおたまがあるよ、ということであれば、新しく購入する必要はありません。つまり、現在自分が持っている資産を棚卸して、必要なものを考えるプロセスを踏みます。

これが人にも同じことが言えるという考え方です。タレントマネジメントも同じ考え方で、現在企業が持っている人員の能力やスキル、経験を棚卸しなければどのような組織を作るか戦略は立てられません。

私もこのタレントマネジメントの経験はありますが、大企業で全員がパソコンを持ち、自分のスキルを把握しているような状況でも情報収集は非常に大変でした。(結局終わらなかった)

一番大変だったのは、回収した情報をどのように保管・アップデートしていくかで、これはタレントマネジメントシステムを使ったとしても使い手がこの情報の貴重性・資産価値を感じていなければ、眠れる資産となってしまします。

きっと多くの企業で「ヒト」の情報は回収されず、回収しても投資計画に使われることも無く、お蔵入りしてしまっているでしょう。これが非常にもったいないと私は思うのです。情報を活用して採用計画を立て、従業員のキャリア計画を立てる。これが人的資本の投資計画です。

いつかその手助けになる施策を日本に浸透させたい。そのためにまずは目の前の中小企業様に対して真摯に資本の把握と計画立案をしていこうと考えたセミナーでした。

 

 

3年後の組織を本気で考えられるか

本当に御社を大きくしたいかを問う

事業が大きくなり、会社として成長している中小企業においては、組織体制の悩みが出てきます。最近では、親御様から社長を引き受けた次代の若手社長様が、組織体制をどうしようかと組織体制にメスを入れようとしているところに立ち会う機会が何回かありました。

そこで問われるのは、「本気で組織を大きくする気がありますか」ということです。

先代から事業を引き継がれている社長様は、先代とともに戦ってくれた戦友のような従業員に頭が上がりません。自分よりも事業のことを知っていて、自分よりも年齢も社会人経験もあるとくれば、それはそのような従業員を立てなくてはいけないとなるでしょう。その方たちと一緒にこのままやっていくのも一つの正解だと思います。この会社を選んでくれた従業員の働く場を作り、動きやすい規模・スピード・温度感で進めていくことだって、唯一無二の使命なはずです。

もし、そこから大きく方向転換し、事業や企業を大きくしたいと思うのであれば、社長様本人の意志が必要です。「コンサルが入って心に火が付いた」と言われたら私としてはコンサル冥利に尽きますが、その企業のことを考えるとそれでは継続できず、社長の内側から「企業を大きくしたい」という気持ちがあって初めて人事・組織コンサルが始まると思っています。

そのためにもミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を節目節目で見直すことが重要で、自分の情熱の矛先がどこにあるのか見直しましょう。当社でもMVVの策定のご支援をしていますので、自身の方向性を壁打ちしながらじっくり向き合いたい場合はご連絡ください。

ミッション・ビジョン・バリューの策定

 


めざすべきは3年後の組織

社長の気持ちが固まったら、どのような組織をめざしたいか(事業がどのように大きくなるか)の予想を立てていきます。

大企業では、人員数計画予算、人件費予算を1年に一度立て、また昨年度立てた予算と実推との乖離を確認することをします。中小企業やスタートアップでは予算編成ほどカッチリしなくてもよいかとは思いますが、どのペースで組織を大きくしていくかを検討するために、1年後と言わないまでも3年後の見込みを見ながら組織図を描いていきます。

3年後の組織図を一度描いてみるとわかりますが、現在の組織からの変更が出てくるパターンがほとんどです。新規事業を立ち上げるために誰を選抜するか、その穴をどのように埋めるか。もしかしたら組織を解体させなくてはいけないかもしれませんし、あるいは現在起業を支えてくれているメンバーを横によける必要もでてくるかもしれないのです。現実として組織図に起こしてみると、本当に自分が求める姿なのかがわかりますのでぜひやってみてほしいと思います。

組織を大きく変えるパターンとしては、やはり階層化でしょう。社長直轄で従業員を見ているような組織であれば、リーダー(管理職)ポジションをいれましょう。管理職がすでにいる企業においては、その管理職たちが名ばかりではなく実際部下の面倒を見るように小さなチームを作ります。具体的には、育成と評価の責任をリーダーに付与し、指示系統を整えていきます。リーダーたちもすぐに上手くはできませんから、何度も教育をしたり評価会議の中で査定の不備を確認するなど、何回か実施することで感覚を掴んでいきます。

ここまで読んで頂くとわかる通り、組織図上でパズルのように動かすだけではなく、具体的に「人」に対して実行すべき施策が浮き上がります。リーダーに任用したい人に対してリーダー教育をしたり、新事業に入ってほしい人材に学ぶ場を提供するなど、より3年後の企業規模や人員対応が鮮明になります。私の支援では、この3年後の組織について、図と言語にしながら固めていき、人事施策も明確にしていきます。

 

 


何となく人事制度を入れない

「本気で組織を大きくする気がありますか」

私がこれを問うているのは、何となく人事制度を導入してほしくないからです。

人事制度はあくまでもツールです。人事制度を入れるだけで従業員が自発的に動き出す、会社がしっかりしているように見てもらえる、評価が平等になる…人事制度は一気に組織改善できるような万能なものでは残念ながらありません。導入したら、まずは作業工数が増えてしまったという不満が大きくなるのみでしょう。

手間をかけてでも導入する意志はありますか。これはまさに、「本気で組織を大きくする気がありますか」という問いと同義だと思います。組織を大きくしたい。事業を拡大したい。社長様は常にその考えがあると思いますが、一つ上のステージに行くことの恐怖もあると思います。現在の組織が壊れてしまうかもしれない、従業員からの反発を受けなくてはいけない、退職者がでるかもしれない、そこへの改革を本気で望むならば、人事制度を導入する絶好のタイミングです。

人事制度の効果が出るのは早くても5年後、もっと長期的に見れば20年はかかると思います。それは、人事制度が入っていることが当たり前の世代が評価者側になって初めて制度の本領発揮になります。人を評価するのは、自分が評価されたことがないと難しいからです。つまり、20年後の御社のために今行動できますか、ということです。少し悠長な話になってしまいましたが、20年と言わず、まずは3年後。現在の組織が3年後に変わることに対して取り組みたい企業様がいらっしゃいましたら、本気で支援いたしますのでお気軽にご連絡ください。